ニコチンアミド・リボシドは抗がん剤による末梢神経障害を軽減する。
【ニコチンアミドリボシドはパクリタキセルの神経障害を抑制する】
ビタミンB3の一種でNAD+前駆体であるニコチンアミドリボシドがパクリタキセル誘発性末梢神経障害を緩和することがラットを使った実験で報告されています。以下のような報告があります。
Nicotinamide riboside, a form of vitamin B3 and NAD+ precursor, relieves the nociceptive and aversive dimensions of paclitaxel-induced peripheral neuropathy in female rats(ビタミンB3の一種でNAD +前駆体であるニコチンアミドリボシドは、雌ラットにおけるパクリタキセル誘発性末梢神経障害の侵害受容性および嫌悪感情を緩和する)Pain. 2017 May;158(5):962-972.
【要旨】
感覚求心性神経の損傷は、化学療法剤の投与後に発症する末梢神経障害の一因となる。ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)のレベルを上げる治療薬は、神経損傷から保護することができる。
この研究では、ビタミンB3の第3の形態であり、NADの前駆体であるニコチンアミドリボシドが、ラットを使ったパクリタキセル誘発性末梢神経障害の実験モデルにおいて、触覚過敏症と逃避回避行動を減少するかどうかを調べた。
雌のSprague-Dawleyラットに、6.6 mg/kgのパクリタキセルを5日間かけて3回静脈内注射した。ニコチンアミドリボシドは1日に200mg/kg の用量でパクリタキセル投与の7日前から開始して、毎日経口投与し24日間継続した。
ニコチンアミドリボシドの投与は、触覚過敏症の発症を予防し、場所脱出回避行動(place escape-avoidance behaviors)を抑制した。これらの効果は、2週間のウォッシュアウト期間後も持続した。
この用量のニコチンアミドリボシドの投与は、NADの血中濃度を50%増加させ、パクリタキセルの骨髄抑制効果を妨げず、運動への悪影響を引き起こさなかった。
パクリタキセル投与後の3週間の200mg / kg/日 のニコチンアミドリボシドによる治療は、触覚過敏症を改善し、脱出回避行動を軽減した。
100 mg / kgの経口アセチル-L-カルニチン(ALCAR)による前処理は、パクリタキセル誘発性の触覚過敏症または脱出回避行動を予防しなかった。 ALCARはそれ自体で触覚過敏症を引き起こした。
これらの実験結果は、ミトコンドリアの酸化的リン酸化システムおよび細胞内の酸化還元システムにおいてエネルギー産生と物質代謝において重要な補因子であるNADを増加させる薬剤が、化学療法誘発性末梢神経障害の緩和のための新しい治療アプローチであることを示唆している。
ニコチンアミドリボシドはNADのビタミンB3前駆体であり、栄養補助食品であるため、この仮説の臨床試験は早急に実施できると思われる。
この論文は米国のアイオワ(Iowa)大学の麻酔学部門(Departments of Anesthesia)からの報告です。抗がん剤による末梢神経障害を軽減する治療法としてNAD前駆体でビタミンB3の一種のニコチンアミドリボシドに注目しています。
多くの抗がん剤が神経にダメージを与えます。中枢神経系にダメージが起こると認知機能が低下し、体性感覚神経が障害されると、痛みや痺れを引き起こします。
侵害受容性疼痛は、組織の損傷を感知する痛みの受容器(侵害受容器)への刺激に起因する痛みです。侵害受容器は大半が皮膚と内臓に分布しています。触覚過敏症の程度は侵害受容器への刺激の強さを示します。
場所脱出回避行動(place escape-avoidance behaviors)は痛み刺激がある (あった)場所を避ける行動で、痛みに対する恐怖や不安や嫌悪のような痛みの情動面を客観的に評価できます。
つまり、この論文は、パクリタキセル誘発性末梢神経障害において、侵害受容器への刺激と、痛みに対する情動面(恐怖や嫌悪感)の両方において、ニコチンアミドリボシドは軽減する効果があるという実験結果を報告しています。
抗がん剤による末梢神経障害に対してアセチル-L-カルニチンの有効性が他の研究で報告されていますが、この論文の実験系ではアセチル-L-カルニチンには神経障害に対する抑制効果は認めなかったと報告されています。
【ニコチンアミドリボシドはパクリタキセルの抗腫瘍効果を増強する】
ニコチアミドリボシドは体内のNAD+の量を増やします。NAD+は細胞内のエネルギー産生や物質代謝に必須の補因子です。
NAD+の量を増やすことはがん細胞の増殖や生存を助ける可能性もあります。
NAD代謝はは様々ながん種において亢進していることが知られています。特にNAD産生の律速酵素であるニコチンアミド・ホスホリボシル・トランスフェラーゼ(NAMPT)が多くのがん細胞で過剰発現していることが報告されています。
NAMPTはニコチンアミドをニコチンアミドモノヌクレオチドに変換する酵素です(下図)。
図:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+)はトリプトファンやニコチン酸やニコチンアミドなどから生成するルートもあるが、特にNAD+の前駆物質であるニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)とニコチンアミド・リボシド(nicotinamideriboside:NR)をサプリメントとして摂取すると体内のNAD+を増やすことができる。
前述の論文を報告したアイオワ大学の麻酔学部門の研究グループの最近(2020年10月)の論文で、ニコチンアミドリボシドがパクリタキセルの神経障害を軽減し、さらに抗腫瘍効果を高めることを報告しています。
Nicotinamide riboside relieves paclitaxel-induced peripheral neuropathy and enhances suppression of tumor growth in tumor-bearing rats.(ニコチンアミドリボシドは、パクリタキセル誘発性末梢神経障害を緩和し、担がんラットの腫瘍増殖の抑制を強化する)Pain. 2020 Oct;161(10):2364-2375.
【要旨】
ニコチンアミドリボシドはビタミンB3の一種で、ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD)の前駆体であり、前臨床実験モデルで糖尿病および化学療法によって誘発される末梢神経障害を緩和することが報告されている。この研究では、パクリタキセルによって誘発される末梢神経障害の発症に関連する表皮内神経線維の喪失をニコチンアミドリボシドが軽減できるかどうかを検討した。
この研究は、乳腺のN-メチルニトロソウレア(MNU)誘発腫瘍を有する雌ラットで行われ、ニコチンアミドリボシドとパクリタキセルの相互作用および腫瘍増殖に対するニコチンアミドリボシドの影響を評価した。
担がんラットにパクリタキセル(6.6 mg/kg)を注射(3回)と同時に、ニコチンアミドリボシドを1日1回200mg/kgの用量で経口投与した。
ニコチンアミドリボシドの投与は、パクリタキセルによって誘発される触覚および冷刺激に対する過敏症および場所脱出回避行動(place-escape avoidance behaviors)を有意に減少させた。
担がんラットおよび非担がんラットの両群において、ニコチンアミドリボシドはパクリタキセル誘発性の表皮内神経線維の喪失を減少させた。
予期せぬことに、パクリタキセル治療中にニコチンアミドリボシドを併用投与すると、腫瘍の成長がさらに減少した。その後、ニコチンアミドリボシドの併用投与を止めると腫瘍増殖は対照群と同じ速度で再開した。 ニコチンアミドリボシドの投与は、担がんラットのがん組織におけるKi67陽性がん細胞の割合も減少させた。
ニコチンアミドリボシドを毎日投与し、パクリタキセルを投与せずに3か月間追跡したラットでは、腫瘍の成長やKi67陽性腫瘍細胞の割合に変化は認めなかった。
これらの結果は、神経損傷後におけるニコチンアミドリボシドの神経保護的な効果を裏付けている。さらに、ニコチンアミドリボシドがタキサン系抗がん剤におる化学療法を受けている患者の末梢神経障害を軽減するだけでなく、タキサン系抗がん剤の抗腫瘍効果を高めることによって追加の利益を提供する可能性があることも示唆している。
Ki67は細胞分裂してる細胞に発現する核タンパク質です。細胞増殖能のマーカーで、Ki67の核発現は、免疫組織化学染色を用いて検出されます。「Ki67陽性がん細胞の割合が減少した」ということはがん細胞の増殖を抑制したことを意味します。
この実験では、ニコチンアミドリボシド単独ではがん細胞の増殖を抑える効果は認められませんでした。パクリタキセルを投与中にニコチンアミドリボシドを併用投与すると、パクリタキセルの抗腫瘍効果を増強したということです。
NADはミトコンドリアを活性化するので、ミトコンドリアを活性化させて抗がん剤感受性を高めるジクロロ酢酸のようなメカニズムが抗腫瘍活性を高めるのかもしれませんが、そのメカニズムはまだ不明です。
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抗がん剤や放射線治療の効き目を高める補完医療
抗がん剤治療や放射線治療は、がん細胞を直接死滅することを目標とする治療法です。その効果が十分に発揮できれば、腫瘍を縮小し消滅させることができます。
しかし、抗がん剤治療や放射線治療がうまくいかない場合も多くあります。
その理由の一つは、抗がん剤や放射線照射が正常な細胞にもダメージを与えるため、その副作用によって十分な治療が行えなくなることがあることです。
もう一つの理由は、治療を行っているうちに次第にがん細胞が抗がん剤に耐性(抵抗性)を獲得して、効き目が弱くなってくるからです。
したがって、抗がん剤や放射線照射の副作用を緩和する治療や、がん細胞の抗がん剤対する耐性獲得を阻止して抗がん剤感受性を高める方法は、がん治療の効果を高めることができます。
抗がん剤治療や放射線治療の副作用を軽減し、さらに抗腫瘍効果を高める方法(薬やサプリメントや食事療法など)
を紹介しています。
がんの漢方治療
銀座東京クリニック
がんの「漢方治療」と「補完・代替医療」のエビデンス
がんが局所に限局した早期の段階であれば、手術や放射線治療などの標準治療でがんを根治できます。遠隔臓器に転移があるような進行がんの場合は抗がん剤治療が主体になりますが、抗がん剤だけでは根治は困難です。
標準治療の副作用を軽減したり効き目を高める補完療法、標準治療が効かなくなって匙を投げられた場合の代替療法として多くの治療法が実践されています。
しかし、これらの補完・代替療法の中には有効性や安全性においてエビデンスが乏しかったり、全く効果が無いイカサマのような治療も存在します。有効性が乏しいのに非常に高額な治療法もあります。
がんの補完・代替医療においては、有効性と安全性においてエビデンスがあり、費用対効果が高い方法を利用することが大切です。
当サイトでは、「がんの漢方治療と補完・代替医療」の根拠とエビデンスを解説しています。
5)漢方煎じ薬とは
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