◎ 漢方薬は天然薬物を組み合わせて作る
西洋医学も、つい100年程前までは主として天然物を薬として用いていました。しかし、再現性と効率を重んじる近代西洋医学では、作用が強く効果が確実な単一な化合物を求める方向で薬の開発が行われてきました。すなわち、活性成分を分離・同定し、構造を決定して化学合成を行ない、さらに化学修飾することによって、活性の強い薬を開発してきました。
一方、漢方では、複数の天然薬を組み合わせることによって、薬効を高める方法を求めてきました。漢方治療の基本は、症状に合わせて複数の薬草(生薬)を選び、それを煎じた(熱水で抽出した)エキス(煎じ薬)を服用することによって病気を治療します。
西洋薬のほとんどは単一成分ですが、漢方薬は多くの薬効成分が含まれているのが特徴で、植物に含まれる薬効成分の相乗作用を利用しています。
人類は長い歴史の中で、身の周りの植物・動物・鉱物などの天然産物から、病気の治療に役立つ数多くの「薬」を見つけ、その知識を伝承し蓄積してきました。このような自然界から採取された「薬」になるものを、利用しやすく保存や運搬にも便利な形に加工したものを生薬(しょうやく)といいます。
漢方治療では、生薬に含まれる様々な有効成分を熱湯で抽出した煎じ薬を服用する。生薬に含まれる成分をお湯で煮出すことを「煎じる」といい、刻んだ生薬を煎じて、生薬の成分を煮出したスープ状の液を「煎じ液」といいます。
抗がん作用がある薬草が見つかると、その薬効成分を精製して単一にし、作用メカニズムを解明し、製剤化することによって医薬品として開発されます。抗がん剤として国から承認を受けるには、単一の成分で、その作用メカニズムが明確であることが条件になっているからです。
抗がん成分を含む薬草自体を医薬品とすることは日本では認められていません。薬草の抗がん作用は単一の成分では説明できないことが多く、複数の成分の総合作用や相乗効果であるため、医薬品として開発されることはありません。これが、薬草の抗がん活性を利用した漢方治療が標準治療に組み込まれない主な理由になっています。
◎ 植物が産生する二次代謝産物は薬の宝庫
植物は様々な物質を合成して蓄積しています。このような植物が合成する物質は一次代謝産物と二次代謝産物に大別されます。
一次代謝は生命体にとって必須な細胞の増殖や恒常性維持に関与する代謝で、二次代謝はそれ以外のものを指します。
二次代謝産物の例としては、感染防御や生体防御に関連するものが多くあり、このような成分は毒性に加えて様々な薬理学的特徴を発揮し、医薬品開発に利用されています。
植物は病原菌からの感染や、虫や動物から食べられるのを防ぐために、生体防御物質や毒になるものを持っています。このような物質は、人間でも抗菌作用や抗ウイルス作用が期待できます。また、抗菌・抗ウイルス作用をもった成分の中には抗がん作用を示すものもあります。
一般に、がん治療における漢方治療の主な目的は、標準治療の副作用軽減や、症状や生活の質(QOL)の改善にあります。
一方、がんを直接縮小させる効果は弱い、あるいはほとんど無い、というのが多くの意見です。がんを縮小させる効果に関しては西洋医学の標準治療に比べて弱いのは確かですが、漢方治療だけで腫瘍が縮小したり、増大しない状態が何年も続く「がんと共存した状態」を経験することは、それほど珍しくはありません。
植物は、滋養強壮や免疫力増強のある成分、血行改善や解毒作用のある成分、抗炎症作用や抗がん作用のある成分の宝庫であり、これらを適切に組み合せると、がんの増大を抑えたり、縮小させることもできるのです。
◎ 植物には抗がん作用を示す成分が多数見つかっている
植物から、がん細胞の増殖を抑制したり、アポトーシスや細胞分化を誘導するような成分が見つかっています。現在使用されている抗がん剤のなかにも、植物由来成分から開発されたものが数多くあります。
例えば、抗がん剤の分類の中に「植物アルカロイド」と言われるものがあります。アルカロイド(alkaloid)は、窒素原子を含み強い塩基性(アルカリ性)を示す有機化合物の総称で、植物内でアミノ酸を原料に作られ、植物毒として存在します。強い生物活性を持つものが多く、モルヒネ、キニーネ、エフェドリン、アトロピンなど、医薬品として現在も利用されている植物アルカロイドは多数あります。
抗がん剤として使用されている植物アルカロイドとして、キョウチクトウ科ニチニチソウに含まれるビンクリスチンやビンブラスチンなどのビンカアルカロイド系、イチイ科植物由来のパクリタキセルやドセタキセルのタキサン系、メギ科ポドフィルム由来のエトポシドやテニポシドなどのポドフィロトキシン系などがあります。イリノテカンは中国の喜樹という植物から見つかったカンプトテシンという植物アルカロイドをもとに改良された誘導体から開発されました(下図)。

図:植物アルカロイドから多くの抗がん剤が開発されている。
抗がん剤開発の過程では、生薬を始め多くの薬草の抗がん活性がスクリーニングされてきました。しかし生薬の抗がん作用のスクリーニングの過程では、培養したがん細胞を死滅させる効果や、動物のがんを縮小させる効果の強いことが選択の基準とされてきたため、がん縮小率は低くても延命効果という面から有用な植物成分の多くが見逃されてきました。
生薬には、毒性を示すアルカロイドだけでなく、抗がん作用や免疫増強作用を有するフラボノイドやテルペノイドやサポニンや多糖類など抗腫瘍効果を有する成分が多く含まれています。このような生薬を複数組み合せることによって、がん細胞の増殖を抑制し、縮小させることも可能です。
漢方治療は滋養強壮薬によって体力や抵抗力を高める効果や症状の改善だけでなく、植物毒を利用することによって西洋医学のがん治療と同じように、「毒をもって毒を攻撃する(以毒攻毒)」という考え方も重視しています(図)。
図:多くの植物は、カビや細菌や昆虫などの外敵から自分を守るため、あるいは動物から食べられないようにするために毒を持っている(①)。これらの植物毒は食中毒の原因になったり、毒薬にもなる(②)。しかし、これらの植物毒を上手に利用すれば医薬品にもなる(③)。がん細胞の増殖を阻害するために利用できるものもあり、現在使用されている抗がん剤の中にも、植物から見つかったものが多数ある(④)。西洋医学では、分離した成分を医薬品として利用する(⑤)が、漢方治療では毒をもった植物そのものを利用する(⑥)。
◎ 台湾の医療ビッグデータは漢方薬によるがん患者の延命効果を明らかにしている
台湾では国民全体の医療情報のデータベース化が進んでいます。「全民健康保険研究データベース(National health insurance research database; NHIRD)」や「難治性疾患患者登録データベース(Registry for Catastrophic Illness Patients Database)」を解析することによって、がん患者に使用される頻度の高い生薬や漢方方剤(複数の生薬を調合した薬剤)の種類や、延命効果のある生薬や漢方方剤の種類も明らかになっています。
台湾では、抗がん剤治療の副作用軽減の目的で漢方薬や鍼治療が積極的に利用されています。台湾の医療ビッグデータを解析した疫学研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より生存率が高いことが報告されています。膵臓がんや肺がんや乳がんや白血病など多くのがんで漢方薬(中医薬)の延命効果が報告されています。
例えば、1997年から2010年に台湾難治性疾患患者登録データベースに登録された全ての膵臓がん患者を対象とし、種々の条件(年齢、性、診断時期など)を一致させた1:1マッチング法を用いて、漢方治療を併用した386人と、漢方治療を併用していない386人を比較解析しています。
その結果、漢方治療を併用しなかった群と比較して、漢方治療を90〜180日間受けた群では、死亡率の調整後ハザード比は0.56(95%信頼区間 = 0.42〜0.75)で、180日間以上漢方治療を受けた群の死亡率のハザード比は 0.33(95%信頼区間 = 0.24〜0.45)でした。
この論文で、単一の生薬で最も使用頻度が高かったのは白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)でした(文献1)。
また、台湾医療ビッグデータは乳がんでも漢方治療が死亡率を低下させることを明らかにしています。全民健康保険研究データベースを使用して、2001年から2010年までの進行乳がん患者を対象に、タキサンを投与された進行乳がん患者729人を解析した後ろ向きコホート研究が報告されています。
729人のうち、115人(15.8%)の患者は漢方薬(中医薬)の使用者であり、614人の患者は漢方薬の非使用者でした。
非使用者と比較して、漢方薬の使用は全死因死亡率の有意な低下と関連していることが示されました。
すなわち、中医薬の使用が30〜180日間のがん患者では、全死因死亡率の調整ハザード比は0.55 (95%信頼区間:0.33-0.90)であり、180日以上の使用者の全死因死亡率の調整ハザード比は0.46(95%信頼区間:0.27-0.78)でした。
使用頻度の高い生薬の中で、死亡率を減少させるのに最も効果的であることが判明したのは、白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)、半枝蓮(はんしれん)、黄耆(おうぎ)でした(文献2)。
白花蛇舌草と半枝蓮は抗がん作用のある清熱解毒薬で、黄耆は体力と免疫力を高める補気薬です。つまり、体力や免疫力を高める滋養強壮薬と抗がん作用のある生薬を組み合せた漢方治療はがん患者の延命に役立つ可能性を示唆しています。
◎ 抗がん作用のある生薬を組み合せる根拠とは
がん細胞は多くのシグナル伝達系の様々な部位で異常が起こっています。しかし、現在使用されている抗がん剤の多くは、単一のタンパク質をターゲットにしているので、がん細胞の増殖を十分に阻止できません。
このような状況が、多成分系でのがん治療法の可能性が指摘されています。植物から多様なメカニズムで抗がん作用を発揮する物質が多数見つかっており、これらを組み合せて使用するのが漢方治療の戦略となっています。
前述の台湾の医療ビッグデータの解析で、がん患者の延命効果がある生薬(薬草)として白花蛇舌草と半枝蓮が同定されています。この2つの植物はがんの漢方治療で最も多く使用されています。この傾向は台湾だけでなく、中国や韓国や日本でも同じです。
白花蛇舌草(学名はOldenlandia diffusaあるいはHedyotis diffusa)は本州から沖縄、朝鮮半島、中国、熱帯アジアに分布するアカネ科の1年草のフタバムグラの根を含む全草を乾燥したもので、フタバムグラは田畑のあぜなどに生える雑草です。
抗菌・抗炎症作用があり、漢方では清熱解毒薬として肺炎や虫垂炎や尿路感染症など炎症性疾患に使用されています。さらに最近では、多くのがんに対する抗腫瘍効果が注目され、多くの研究が報告されています。
白花蛇舌草の煎じ薬は、肝臓の解毒作用を高めて血液循環を促進し、白血球・マクロファージなどの食細胞の機能を著しく高め、リンパ球の数や働きを増して免疫力を高めます。脂肪肝やウイルス性肝炎やアルコール性肝炎などの各種肝障害で傷ついた肝細胞を修復する効果もあります。
消化管の悪性腫瘍(胃がんや大腸がんなど)や、肺がん、肝臓がん、乳がん、卵巣がん、白血病など各種の腫瘍に広く使用され、良い治療効果が報告されています。
白花蛇舌草の抗がん作用の活性成分として、ウルソール酸やオレアノール酸などの五環系トリテルペノイドの関与が多く報告されています。これらの五環系トリテルペノイドは、様々ながん細胞を使った実験で、がん細胞のアポトーシス誘導、血管新生阻害作用、毒物による障害から肝細胞を保護する作用などが報告されています。
半枝蓮 (はんしれん)は学名をScutellaria barbataと言う中国各地や台湾、韓国などに分布するシソ科の植物で、アルカロイドやフラボノイドなどを含み、抗炎症・抗菌・止血・解熱などの効果があり、中国の民間療法として外傷・化膿性疾患・各種感染症やがんなどの治療に使用されています。
様々な細菌に対して抗菌作用を示し、さらに肺がんや胃がんなど種々のがんに対してある程度の抗腫瘍効果があることが報告されています。
半枝蓮の抗がん作用に関しては、民間療法における臨床経験から得られたものが主体ですが、近年、半枝蓮の抗がん作用に関する基礎研究や臨床研究が多数発表されています。
米国のベンチャー企業が半枝蓮の抽出エキスを使って臨床試験を行なっています。 中国医学で使用されている薬草の抗がん作用を検討する臨床試験としては、FDA(米国食品医薬品局)が承認した最初のもので、乳がんや膵臓がんなどで臨床試験が行われており有効性が報告されています。
白花蛇舌草と半枝連は併用されることが多く、進行がんの治療では、白花蛇舌草は20~60g、半枝蓮は10~30g程度を1日量の目安として煎じ薬として使用されています。
その他にも、抗がん作用を有するいわゆる「抗がん生薬」と言われるものが、がんの漢方治療では多く利用されています。
動物実験や臨床経験などで抗腫瘍効果が知られている抗がん生薬として、白花蛇舌草と半枝蓮の他に、竜葵・七叶一枝花・蒲公英・山豆根・紫根・莪朮・丹参・黄芩などがあります。このような複数の抗がん生薬を組み合せると、異なる成分と多様な作用メカニズムの相乗効果で、抗がん作用を高めることができます。
がんの漢方治療では、体力・免疫力を増強する効果と直接的な抗腫瘍作用(がん細胞の増殖抑制やアポトーシス誘導など)によって、症状の改善と延命効果が期待できます。
文献
1)Kuo YT, et al. Complementary Chinese herbal medicine therapy improves survival of patients with pancreatic cancer in Taiwan: a nationwide population-based cohort study. Integr Cancer Ther. 7(2): 411–422, 2018
2)Lee YW, et al. Adjunctive traditional Chinese medicine therapy improves survival in patients with advanced breast cancer: a population-based study. Cancer. 120(9):1338-44, 2014
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